• 自動車業界の利益の落ち込みは急激だが、比較的短期で回復すると予想する。新型コロナウイルスの感染拡大とそれによる販売台数の減少は、すべての自動車メーカーにとって大きな痛手である。だが、バランスシートとキャッシュ・フローが比較的強固な国内自動車大手にとっては、今回の混乱は市場シェアを伸ばし、次世代自動車技術で競合他社をリードする好機になるとみている。
  • 中国では自動車販売がすでに急回復し始めており、ここ数週間で販売台数の伸びが対前年比でプラスに転じている。米国市場もこれに追随する可能性が高い。
  • 日本の自動車関連銘柄の株価は年初来で21%下落しており、TOPIXを5ポイント下回る。だが、株価資産倍率(PBR)は0.7倍と、世界金融危機後の最低水準まで低下しており、当面の悪材料はほぼ織り込み済みと考える。足元のバリュエーションは、長期投資家にとっての投資タイミングとして魅力的な水準であると考える。

我々の見解

新型コロナの感染拡大防止策として、外出規制とソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)が世界的に講じられる中、他の多くの業界同様、日本の自動車メーカーの利益も短期的に大きな打撃を受けるだろう。だが、こうした状況は、世界金融危機時の状況を大幅に上回るスピードで今後数四半期の間に正常な状態に回復すると見込む。よって、自動車メーカーの利益の落ち込みは急激だが、それほど長引かないと予想する。新型コロナウイルスの感染拡大とそれによる自動車販売台数の減少は、すべての自動車メーカーにとって大きな痛手である。だが、バランスシートとキャッシュ・フローが比較的強固な日本の自動車大手にとっては、今回の混乱は市場シェアを伸ばし、次世代自動車技術で競合他社をリードする好機になるとみている。

我々は、世界経済は4-6月期(第2四半期)に大きく落ち込むものの、世界金融危機以降の景気低迷ほど長引かないとみており、年後半から景気が回復に向かうものと予想する(図表1参照)。この見通しは、世界の新型コロナウイルスの新規患者数が4月中旬にピークを打ち、5月中旬には最も厳格な規制が解除されるとの前提に基づく。

中国の自動車販売がいち早く急回復する見通し

中国はすでに新型コロナウイルスの封じ込めに成功し、自動車生産も再開しており、中国の動向が他の地域の先行指標になるだろう。中国では、2月10日の週の新車販売台数が対前年同期比で92%減少したが、その後急速に回復基調にある。ここ数週間の自動車販売の伸びは、対前年同期比でプラスに転じている(図表2参照)。

ここで重要なことは、販売台数の急減は政府による外出規制による消費活動への強制介入が主因であり、足元の自動車需要は衰えていないということである。サプライチェーンが正常に戻り、潜在需要が顕在化すれば、今後数カ月の間に自動車販売は急速に回復すると考えられる。

また、新型コロナウイルスの感染拡大は、さまざまな側面で消費行動を変えるとみられるが、自家用車の所有需要の高まりもその1つに挙げられよう。ロックダウン(都市封鎖)が全面的に解除されれば、消費者は徐々に外出や外食を再開するとみられる。しかし、公共交通機関やタクシーといった対人距離が近い密閉空間は解除後も避ける可能性があり、代わりに通勤・通学や外出に自家用車の利用が進むと考える。UBS Evidence Labが中国人消費者を対象に行った最新の調査でも、自動車の購入を検討している人が増えていることが示されている。「新型コロナの感染拡大をきっかけに自動車の購入意欲が高まった」と答えた回答者は、2月の17%から4月には27%に上昇した(図表3参照)。その他消費財(日用品を除く)についても購入意欲が高まっているが、2月以降で最も増大したのは自動車であり、特にその傾向は中国の1級都市(ティア1)から3級都市(ティア3)に住む中高年層で顕著だった。中国では全体の約半数以上の世帯が自動車を保有しておらず、新規購入者が自動車購入者全体のいまだ半数以上を占めることから、これが数カ月以内に自動車販売の急増として現れてくる可能性があると考える。

中国政府は景気刺激策の一環として、新エネルギー車(NEV)を中心に新車購入者への補助金支給を実施するとみられ、これも日本の自動車メーカーの中国での販売拡大を下支えするだろう。

米国の自動車市場も中国に追随する可能性が高い

米国では、多くの州が5月上旬からロックダウン(都市封鎖)を緩和する方向で準備を進めており、米国の新車販売も中国市場と同様に比較的早期に回復すると考える。米国の自動車販売は、世界金融危機後の2年間で2桁減を記録した。だが、今回は信用収縮に端を発する金融危機ではないことから、新型コロナウイルスの新規感染者数がピークアウトしたとみられる中、潜在需要を追い風に新車販売は今後回復に向かうと考えている。また、原油価格が下落すると、米国の消費者は新車に買い換えたり、長距離走行する傾向が強い。そのため最近の原油価格の急落も自動車業界の回復を後押しするものとみる(図表4参照)。

健全なバランスシートで厳しい年を切り抜ける

国内自動車メーカーの2021年3月期利益は34%減少し、小規模メーカーは赤字に転落すると我々はみている(図表5参照)。だが、日本の自動車業界、特に大手自動車メーカーは財務状況が健全で手元資金も潤沢に保有することから事業活動の維持は可能である。2019年12月末現在、国内自動車メーカーの平均自己資本比率は38%で、現金及び現金同等物から有利子負債を差し引いたネット・キャッシュは、2010年3月期の3,400億円から足元では15兆9,000億円に改善している。

大手自動車メーカーは配当を維持する可能性が高い

比較的バランスシートが健全な国内大手は、売上高の減少は一時的にとどまるとみて安定配当政策を維持する可能性が高いと我々は考える。一方で、売上の低迷とフリー・キャッシュ・フローの悪化を理由に、2020年3月期の期末配当をゼロにすることをすでに発表している企業もある。

バリュエーションの低下で魅力的な投資開始水準に

自動車関連銘柄の株価は年初来で21%下落しており、TOPIXを5ポイント下回る。だが、株価資産倍率(PBR)は0.7倍と、世界金融危機後の最低水準まで低下しており、当面の悪材料はほぼ織り込み済みと考える(図表6参照)。さらに、上述の通り、新車販売台数と企業利益は世界金融危機時よりも回復のスピードが早いと見込まれるため、足元のバリュエーションは投資タイミングとして魅力的な水準であると考える。

我々の推奨

我々は、この厳しい時期を乗り越え、新型コロナウイルスの収束後に業界で強固な立ち位置を確保できる、バランスシートが健全な自動車メーカーが有望とみる。また、日本最大のレンタカー・駐車場運営会社も、新型コロナ収束後の自動車需要の増加による恩恵を受けるだろう。さらに、長期的には、業界全体の電気自動車へのシフトは避けられず、経済活動が通常に戻れば大手電子部品メーカーの利益も急回復すると考える。これらの銘柄のバリュエーションは記録的な水準まで低下しており、株価の下値余地は限定的とみる。

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居林通

UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス
ジャパン・エクイティリサーチ・ヘッド


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